映画『モヒカン故郷に帰る』感想(ネタバレ) 沖田修一ワールド! もっとこんな映画を観たい
映画を観ている最中、あまりに面白くて幸せで「このままずっと終わらないでほしい」と思うことがあります。
でも当然、映画は終わって「ああ、面白かった」と余韻に浸りながら劇場を後にする。『モヒカン故郷に帰る』はそんな映画でした。
「悲しくもおかしい」ホームドラマ
『横道世之介』(2012)でも見せた沖田修一ワールドは本作でも健在。何ともゆるくて、人間を見つける眼差しがやさしいホームドラマとなっています。
物語は実にシンプル。売れないバンドマンの永吉(松田龍平)は、恋人の由佳(前田敦子)との結婚の報告をするため、二人で故郷・戸鼻島に7年ぶりに帰郷します。しかし父・治(柄本明)が突然倒れ、検査の結果、末期ガンに冒されていて余命わずかだとわかるのです。
あらすじだけだと「マー、いかにもベタなお涙ちょうだいもの?」とツッコミたくなるかもしれませんが、全然そういう映画じゃありません。息子は病気の父を助けようと奔走したりもしないし、本人も必死に病と闘ったりもしない。残された時間を、皆で過ごしましょうと、ただそれだけの話です。
シリアスと笑いのバランスが絶妙
奥底に流れているのは「死」というシリアスなものだけど、同時に日常の中に潜む「笑い」もふんだんに盛り込まれています。
例えばこんなシーン。夫の病気を知り、病院から帰ってきた妻・春子(もたいまさこ)は、夕飯の支度を始めるのですが、悲しみで手が止まってしまいます。そこへ由佳がやって来る。涙をこらえられなくなり立ち去ってしまった春子に代わり、由佳がその続きをしようとするのですが、まな板に残されている魚のさばき方がわからない。そこで彼女はスマホで「魚のさばき方」の動画を検索し、悪戦苦闘しながら刺身をつくります。自分でえぐり出した魚の内臓のグロさにえづきながら。なのに結局みんなには「マズイ」と言われ(春子でさえも口に出さないが、マズイという顔をしている)、鮭フレークをご飯にかけ出す始末……。とまあ、そんな「悲しくもおかしい」シーンが随所にあり、この作品にしかない持ち味になっているのが実にイイのです。
脇役までピッタリのキャスト
キャストはホントに素晴らしいです。脚本とキャストがそろった時点で、本作の出来が決まったと思うほど。小さな役にいたるまでハズレがありません。 飄々(ひょうひょう)としながらも親へのやさしい気持ちを感じさせる永吉は、松田龍平のキャラクターがあってのものだと思うし、ともすればただのうるさいオヤジになってしまう治を演じた柄本明は、言うまでもなくうまいです。永吉の恋人・由佳を演じた前田敦子も良かったですね。僕は『もらとりあむタマ子 』(2013)の彼女がめちゃくちゃ好きなのですが、愛すべきダメっ子である由佳はタマ子に通ずるものがありました。
あとは治がコーチを務める中学ブラスバンドの面々。「よくこんなにビミョーな顔の子たちを集めてきたなあ」と(失礼。ほめてます)。クラリネットの清水さん、ラッパの野呂くんを演じた二人はまさに「田舎の中学生にいるいる!」という雰囲気を醸し出していました。こういう脇役にいたるまでピッタリの配役を見ると「この映画は信頼できるなあ」とうれしくなります。
もっとこんな映画を観たい
冒頭にも書いたように、観ている間ずっと幸せで「もっとこんな映画を観たい」と強く思いました。映画は個性が大事。これは紛れもなく、沖田監督にしか作れない映画になっていました。ぜひたくさんの人に観てほしい作品です。
モヒカン故郷に帰る(2015)
監督 沖田修一
出演 松田龍平/柄本明/前田敦子/もたいまさこ/千葉雄大
公式サイト http://mohican-movie.jp/
©2016「モヒカン故郷に帰る」製作委員会